南京錠へのレクイエム南京錠へのレクイエム「…でさぁ。何でこのデザインなわけ?」 揺は怪訝そうにつぶやいた。 ベッドに横たわった彼女の指先には南京錠の形をしたネックレスがぶら下がっている。 「それは…ききたい?」 ビョンホンは恥ずかしそうに頭をかきながらそういうと そっと彼女にキスをした。 そして彼女の首筋にキスの雨を降らせながら今さっき彼女にクリスマスプレゼントとして渡した1月半ばに発売予定のサマンサの新作ネックレスのデザインがうまれた訳をゆっくりと語り始めた。 「そろそろ1月発売の新作のデザインイメージ考えてほしいんですけど。今回のコンセプトは約束でお願いします。」 ビョンホンがサマンサのスタッフからそう依頼されたのは8月の末。 ちょうど揺がボストンに行き、彼女を迎えに行くという晋作を東京で見送った後のことだった。 約束から連想できるもの。 恋人同士の繋がりをイメージ出来るもの。 …その時の彼の頭には揺のことしか思い浮かばなかった。 「約束」をファンの前で歌ったあの日… そうだ。 前の晩、揺の家に寄ったら玄関の扉が壊れて… 彼は彼女と笑い合ったあの夜を思い出していた。 リボンを身にまとい、からのバスタブに横たわる彼女の寝顔。 彼女の居場所を作れない自分に嫌気がさし、幸せに出来ないのならいっそ手放した方がいいのかもしれない…約束の歌詞のように思い悩んでいた空港での別れ。 ソウルに追って来てくれた揺と皿を洗ったこと。 彼女の歌声…そして愛し合った夜。 彼の脳裏にはその場面の一つ一つが走馬灯のように浮かんでは消えていく。 目の前の小さなスクリーンにはブルキナファソから届いた彼女からのBirthdayメッセージが映し出されていた。 ビデオの中の彼女はにこやかに彼に微笑みかけていた。 微笑みかけているのに・・ 彼のまぶたにはあの日犬小屋の前で見た彼女の顔が焼きついて離れない。 感情が全く汲み取れない・・悲しいのか失望したのか・・わからない彼女の顔。 胸が無性に苦しい。 彼女を迎えに行くと力強く言ったあの男の言葉が耳の奥でこだました。 「バカね・・」揺はかすかに笑ってそうつぶやいた。 「ああ・・相当なバカさ。心に鍵をかけることなんて意味がないってわかっているのに。それでもあのときの俺は君の心に鍵をかけてでも誰にも渡したくないって思ったんだ。人は恋をするとそんなにも愚かになる。」 ビョンホンはそういうと揺をじっと見つめた。 「そっかぁ~。じゃ、私はこのペンダントを見るたびにあなたをそんな愚かな男にした自分の魅力に酔いしれるってわけね。」 「まあ、そんなところかな」 ビョンホンはそういうと左眉を上げ恥ずかしそうに笑った。 揺はそんな彼に微笑みかけると手に握っていた南京錠のペンダントを自分の首につけた。 そしてもう一方の鍵のペンダントだけはずすと天井に向かって思い切り投げた。 鍵型のネックレスは宙を舞いどこか部屋の片隅に消える。 「あ~あ」 あっけにとられる彼に向かって揺はニャッと笑いかけた。 「だってもう永遠にあなたの心の中に幽閉されるんだから開ける必要ないでしょ」 彼女はあっけらかんとそういうと彼の頬に優しくキスをした。 そして天井を見上げてつぶやいた。 「でも・・このペンダント見て・・あなたのそんな想いを感じられるのが私だけっていうのは・・何だかもったいないっていうか、残念っていうか・・。きっとみんな心配してるわよ。」 「何を?」 「何を?って・・・。あなたが決めたことだから口出しするつもりはないけど・・。 あなたがこの仕事を楽しんでるかってこと。」 揺はそういい終わると隣に横たわる彼をじっと見つめた。 「まあ、それなりに楽しいかな。ヒョンの役に立てるし。ファンの人も喜んでくれる人もいるし。値段も前より安くしておいてってヒョンに頼んだし。とりあえず誰も不幸せになってないだろ。みんなが幸せならそれでいいじゃん。」 揺は黙って頷くと彼の頭を抱きしめた。 「もう・・お人良しのおバカ」 彼女はそうつぶやきながら彼が不幸せでないことを神様に祈った。 「ただお願い」 「ん?」 「今度デザイン決める時は一言私に相談してくれる?」 「何で?」 「ん~~~皆の幸せのため」 揺は困りながらそう答えた。 デザインにセンスがないなんて・・・間違っても言えない。 「うん。もしまた今度あったらね。俺のゴーストデザイナーにしてやるよ」 彼はそう言ってケラケラと笑うと揺をぎゅっと抱きしめた。 「・・で揺・・クリスマスプレゼントは?」 子供のように訊ねる彼に 「ん?」 揺は悪戯っぽく微笑みかけた。 |